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	<title>10年後のお寺をデザインするブログ 株式会社 寺院デザイン &#187; お寺進化論</title>
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		<title>コロナ禍と年忌法要</title>
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		<pubDate>Wed, 29 Apr 2020 02:37:15 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[オンライン]]></category>
		<category><![CDATA[年忌法要]]></category>
		<category><![CDATA[法事]]></category>

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		<description><![CDATA[
　
　現在の新型コロナウィルスをめぐって、寺院活動に最も影響が出ているのは、年忌法要じゃないかと思います。
　　
　施主から法事を延期もしくは中止する連絡があった、あるいは、お寺から確認の電話をして中止することになった [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-915"></span></p>
<p>　<br />
　現在の新型コロナウィルスをめぐって、寺院活動に最も影響が出ているのは、年忌法要じゃないかと思います。<br />
　　<br />
　施主から法事を延期もしくは中止する連絡があった、あるいは、お寺から確認の電話をして中止することになった、そもそも申込みが無かった、ということは、どの地域でも一件二件はあると思います。特に首都圏では影響が大きく、少なくとも８〜９割は無くなっていて、場合によっては全て法事がなくなったというお寺も少なくありません。<br />
　<br />
　こればかかりは、対策しようが無く、途方に暮れているというお寺も多いと思います。</p>
<p>　そんな不安の中、web会議システムなどを利用したリモート法要に取り組むお寺も出てきました。他の寺が、そうした取り組みを試みている話を聞いて、気になっているお寺も多いでしょう。</p>
<p>　それが定着するかどうかという議論は、ひとまず置いておいて、ひとつ提案をしたいのは、こうした状況だからこそ、「リアルな法事」を主張したらどうかということです。<br />
　<br />
　なぜなら、「人と会う」ということが制限されている状況だからこそ、「人と会う」ことの大切さ、多くの人が実感しているからです。<br />
　<br />
　例えば、ちょっと思い出していただきたいのは、最近、人と電話で話すと、会話時間が長くなっていないでしょうか？ それは明らかに、人と接する機会が減っている中で、人と接することへの渇望が高まっていることの証拠です。<br />
　<br />
　今、日本中の人は、間違いなく、人と会うこと、身体を動かしてどこかに行くこと、に対する欲求が高まっています。オンラインでのコミュニケーションが普及しているのも確かですが、むしろ、それに物足りなさを感じていたり、違和感を感じていたりする人のほうが多いのが現実です。<br />
　<br />
　新型コロナウィルスは、これからも長い期間、私たちの生活を脅かし続けると思います。しかし、これが永遠に続くわけではありません。ウィルスとうまく折り合いをつけて普通の生活に戻る時期は必ず来ます。<br />
　<br />
　そして、終息に向かうタイミングこそが、家族親類が集まって法事をすることを説くチャンスなんじゃないかと思います。<br />
　<br />
　檀信徒の皆さんには、これを機会に、もっと法事の大切さを再認識してもらいたいと思います。お寺の本堂に、あるいは自宅の仏壇の前に皆があつまり、お香の薫りの中で、お経の響きを身体全体で感じ、法要後に、親類と食事をしながら話をすることは、まちがいなく人の心に安らぎを与えると思います。<br />
　<br />
　そして、こんな時期だからこそ、寺報で、あるいは<a href="https://www.jiin-design.co.jp/suport/3_10_jiin-leaflet.html">リーフレット</a>で、法事の大切さを説いてみたいと思います。<br />
　<br />
　手前味噌になりますが、寺院デザインでは、法事の大切さを説くための<a href="https://www.jiin-design.co.jp/suport/3_10_jiin-leaflet.html">リーフレット</a>を用意しております。ぜひご利用いただければと思います。<br />
　<br />
詳しくはこちら<br />
　　↓　↓<br />
<a href="https://www.jiin-design.co.jp/suport/3_10_jiin-leaflet.html">法事リーフレットの案内</a><br />
　<br />
　</p>
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		<title>エンディングノートは何のため</title>
		<link>http://www.jiin-design.co.jp/blog/?p=912</link>
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		<pubDate>Tue, 21 Apr 2020 06:06:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[エンディングノート]]></category>

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		<description><![CDATA[
　エンディングノートが世に広まり始めて二十年近くがたちました。
　
　言うまでもありませんが、エンディングノートは、自分自身の人生の記録と、エンディングについての自己決定を記入するためのノートで、その分野は葬儀・お墓に [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-912"></span></p>
<p>　エンディングノートが世に広まり始めて二十年近くがたちました。<br />
　<br />
　言うまでもありませんが、エンディングノートは、自分自身の人生の記録と、エンディングについての自己決定を記入するためのノートで、その分野は葬儀・お墓に関する希望をはじめ、病気や介護における希望、財産の記録、そして人生の記録と多岐にわたります。<br />
　<br />
　現在では、エンディングノートを知らない人のほうが少なく、日本人における認知率は七六・六パーセント（二〇一二年、経産省調べ）と言われています。<br />
　<br />
　葬儀社などは、これを営業に取り入れ、自社オリジナルのエンディングノートを無料配布したり、エンディングノート記入のためのセミナーを行ったりするところも少なくありません。葬儀社ほどではありませんが、エンディングノートを布教活動に取り入れているお寺もけっこうあるようです。<br />
　<br />
　しかし実際にエンディングノートの記入率は、わずか一・三パーセント（同）に過ぎないことを知っているでしょうか。つまりエンディングノートは話題になってはいるが、それほど活かされていないということです。<br />
　<br />
　考えてみれば当たり前のことで、そう簡単に記入できる項目ばかりではありません。家族葬にしたいか、一般葬にしたいかといった問いなどは、すぐに答えられる項目です。しかし、どんな棺にするか、どんな祭壇にするか、香典返しを何にするか、通夜ふるまいの料理を何にするか、葬儀の予算をいくらくらいにするかとか、といった細かい項目を考え始めたら、いくら時間があっても足りなくなってしまいます。また、癌などになった時、余命告知を希望するか、延命治療を希望するかといったことなど、一日や二日で答えられるものではありません。<br />
　<br />
　どんなに薄いエンディングノートでも、ちゃんと書こうと思ったら一ヶ月はかかって当然です。むしろ、最後まで記入できる人のほうが、珍しいと言っても過言では無いのです。<br />
　<br />
　じゃあ、エンディングノートは意味が無いものなのか、ということなのでしょうか。<br />
　<br />
　いいえそんなことはありません。エンディングノートは、そこに記入をすることができなくても、それを手にする意味は大きいのです。<br />
　<br />
　それは、エンディングノートを通して、中の様々なトピックに関して考えるきっかけを得ることができるということです。お葬式のこと、介護のこと、病気のこと、財産のこと、普段は中々考える機会も無いことを、これを手にすることによって、考え始めることができるのです。<br />
　<br />
　そしてそれ以上に、エンディングノートを通じて、家族の中で、あるいは友人知人の中で、葬儀や介護、病気について話したりするきっかけにもなります。自分ひとりで決められない項目が多いゆえ、どうしても身近な人に相談したくなります。逆にエンディングノートをきっかけにすることによって、普段は話しにくいテーマについても話しやすくなるということもあるのです。<br />
　<br />
　記入することも重要であるが、それ以上に重要なのは、考えることと話し合うことです。つまりエンディングノートはコミュニケーションツールでもあるということなのです。<br />
　<br />
　弊社（株式会社寺院デザイン）では、檀家さん向けのエンディングノート<a href="https://www.jiin-design.co.jp/suport/3_12_bukkyoutonote.html">『仏教徒のための人生ノート』</a>を<a href="https://www.jiin-design.co.jp/inquery/order.html">無料配布</a>しております（各寺一冊）。<br />
　<br />
　弊社ホームページから申込みできますので、ご利用いただければと思います。<br />
　<br />
　</p>
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		<item>
		<title>墓じまいと家族葬</title>
		<link>http://www.jiin-design.co.jp/blog/?p=909</link>
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		<pubDate>Sun, 19 Apr 2020 02:24:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[墓じまい]]></category>
		<category><![CDATA[家族葬]]></category>

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		<description><![CDATA[
　「墓じまい」という言葉が、ここ数年、メディアを賑わせています。そしてこれは仏教界にとって、実に面白くない話題です。
 　
　この「墓じまい」を巡るメディアと業界の動きを見ていると、「家族葬」という言葉が広がり始めた頃 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-909"></span><br />
　「墓じまい」という言葉が、ここ数年、メディアを賑わせています。そしてこれは仏教界にとって、実に面白くない話題です。<br />
 　<br />
　この「墓じまい」を巡るメディアと業界の動きを見ていると、「家族葬」という言葉が広がり始めた頃を思い出します。<br />
 　<br />
　十五年ほど前でしょうか。家族葬という言葉も、マスコミ主導で社会に広がり始めました。<br />
 　<br />
　当初、葬儀業界も「供養の心をないがしろにしている」「家族葬は、故人の友人知人を大切にしていない」など、様々な理由で反発しました。<br />
 　<br />
　しかし現在、家族葬を批判する葬儀社はほとんどありません。むしろ、積極的に営業に取り入れている葬儀社のほうが多いのが現実です。<br />
 　<br />
　確かに、「家族葬」は、マスコミ主導で広まった言葉です。しかし何年かたって落ち着いてみると、社会がそれを望んでいたということがわかってきます。<br />
　<br />
　戦後すぐくらいまでは、葬儀というものは地域が仕切っていたため、個々の家が要望というものを挟む余地はありませんでした。しかし現在では、仕切る地域コミュニティは存在せず、個々の家がそれぞれの事情にあわせて葬儀の内容を決めていくことになります。そして、供養というものが、地域コミュニティや家族制度から離れて、個人の心の問題になっていきます。<br />
　<br />
　同時に、経済状況が悪くなってくる中で、葬儀に大きなお金をかけることが難しい人が増えてきます。<br />
　<br />
　「家族葬」というのは、こうした社会構造の変化から生まれたものです。「家族葬」が増えたからと言って、決して供養の心が衰えたわけではありません。供養のあり方が個人化したということです。<br />
　<br />
　しかも個人化したのは供養のあり方だけではありません。社会の様々なあり方が個人化した結果、供養も個人化せざるのを得なかったということです。<br />
　<br />
　社会のあり方を考えると、家族葬が増えるのは必然なのです。<br />
（ただし、家族葬と言っても、多くの人が批判する「家族だけの葬儀」というものは少なく、家族プラス親しい人という葬儀がほとんどですが）<br />
　<br />
　葬儀業界は、十年もたたずにこれに気づき、家族葬、直葬を受け入れるようになりました。というより、家族葬・直葬を商品のラインナップにもっていない葬儀社は、顧客のニーズに対応していけない葬儀社として、淘汰されてきたのです。<br />
　<br />
　もし、家族葬を求めてきた施主に、「家族葬はよくないですよ」と言ったら、「じゃあ、他の葬儀社にお願いします」と言われるのがおちです。<br />
　<br />
　では仏教界は、どうなのかということですが、残念なことに、十五年前と何も変化はありません。いまだに「家族葬はけしからん」と言い続けています。ただ変わったのは、十五年前は「マスコミが悪い」と言っていたのが、最近は「葬儀社が悪い」と言うようになったことです。<br />
　<br />
　少し考えてみれば誰でもわかることですが、家族葬を積極的にやりたい葬儀社などいるわけがありません。すべての葬儀社は、家族葬をやるより一般葬をやりたいのです。家族葬の件数が増えれば増えるほど、利益は少なくなっていくのですから。<br />
　<br />
　そして「墓じまい」です。<br />
　<br />
　なぜ「墓じまい」をしようとする人は、「墓じまい」の選択をするのでしょうか？<br />
　<br />
　子どもがいなくて、自分が死んだら、お墓が無縁墓になってしまうのが不安だから、という人もいるでしょう。引っ越してしまい、お墓が遠方なので、お墓参りに行くのが不便でだから、という人もいるでしょう。<br />
　<br />
　その多くは、お墓を粗末にしたくないから、という思いが根底にあるわけです。どうしていいかわからなかったから、今までは我慢していたけれど、「墓じまい」という方法を知って、「じゃあ、それをやろう」と思っただけです。こうした方々がどうすればいいかという回答を、これまで石材業界や仏教界が示すことをできませんでした。結局、そうした方々の選択肢は、「墓じまい」しかないのです。<br />
　<br />
　おそらく「墓じまい」も、「家族葬」と同じ道筋をたどるのは間違いありません。社会の中には、「墓じまい」をせざるを得ない人が潜在的にたくさんいるということは、檀家さんときちんと向き合っていれば、自ずと見えてくるはずです。しかも、「墓じまい」は、家族葬の場合より深刻です。「墓じまい」を考える人の多くは、「墓じまい」以外に、自分の抱えている問題の解決策の無い人なのです。<br />
　<br />
　そして、これから「墓じまい」とどう向き合っていくかは、全てのお寺にとって真剣に考えなければならない問題なのです。<br />
　<br />
　</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>お寺にホームページは必要か？</title>
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		<pubDate>Fri, 17 Apr 2020 02:11:41 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[ホームページ]]></category>

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		<description><![CDATA[
　
　
　寺院のコンサルティング事業を行っている弊社ですが、ホームページの制作についての相談をいただくこともしばしばです。正直、ホームページの相談は、もうそろそろ無くなるかなと思っていたのですが、昨年から今年にかけて、 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-901"></span><br />
　<br />
　<br />
　寺院のコンサルティング事業を行っている弊社ですが、ホームページの制作についての相談をいただくこともしばしばです。正直、ホームページの相談は、もうそろそろ無くなるかなと思っていたのですが、昨年から今年にかけて、なぜか例年の倍くらいの相談数がありました。<br />
　<br />
　相談を受けるにあたって、ホームページをつくる目的を聞くと、「お寺のことを、もっと知ってもらいたい」「檀家以外の人と、ホームページで、もっとコミュニケーションができるようにしたい」というような、どうにもぼやっとした答えをする方が少なくありません。<br />
　<br />
　最近では、「ホームページを通して、檀家になってくれる人とつながるようにしたい」「菩提寺の無い人が、ホームページを通して、うちの寺に葬儀を依頼して欲しい」といったような答えも増えています。<br />
　<br />
　どれももっともらしい内容ですが、現実にはホームページだけで、こうした目的を実現することは厳しいでしょう。<br />
　<br />
　インターネットというのは人間の欲求や行動と深い関わりがあり、その人間の欲求や行動のパターンにもとづいて考えてつくらないと、どんなに充実したホームページをつくっても、それが機能することはありません。<br />
　<br />
　大切なのは、人がお寺のホームページを探す、あるいは検索する、というのは、どんな時か、ということです。<br />
　<br />
　例えば、檀家の場合、菩提寺のホームページを見ようとする機会は、とても限られています。最も多いのは、法事や葬儀をする時期が近づいてきて、法事や葬儀の段取りを知ろうとする時でしょう。あとは、施餓鬼や彼岸会などの行事に行こうか行くまいか迷っている時に、参考程度に見るといったところです。<br />
　<br />
　一方、檀家以外の人が、お寺のホームページを探そうとするのは、どんな時でしょうか（観光は別にして）？<br />
　<br />
　例えば、「坐禅のできるお寺を探したい」という人はいるでしょう。ただ、いることはいるが、数の上ではかなり少ないのも現実です。これは「法話を聞けるお寺を探したい」「イベントをやっているお寺を探したい」という人も同様です。<br />
　<br />
　現時点で、檀家以外の人が、お寺のホームページを探す動機で最も多いのは、祈祷です。厄払いや水子供養などの祈祷をしてくれるお寺を探すということです。　<br />
　<br />
　ついで永代供養墓を探すという人も多いようです。墓地を探す人もいますが、これは多くの場合、石材店のホームページにアクセスしており、お寺のホームページにはなかなかたどりつきません。<br />
　<br />
　案外多いのが、永代供養墓や墓地の案内を、他のところ（チラシなど）で見て、「どんなお寺かな」と確認しようとしてアクセスする人です。こういう人は、永代供養墓や墓地の記事だけじゃなく、お寺の活動の写真とか、住職のブログとか、お寺の雰囲気がわかる記事を読もうとする傾向もあります。<br />
　<br />
「お寺のホームページを探すという人は、どんな人なのか？」<br />
「どんな動機でホームページを探すのか？」<br />
　<br />
　人がお寺のホームページにアクセスしようとする時には、明確な動機があります。ありもしない動機に基づいてつくったホームページは、ほとんど成果を生み出すことはできません。どんなに充実してきれいなものをつくっても、意味の無いホームページができるだけです<br />
　<br />
　そのためには、お寺の都合でものを考えるのではなく、檀家の感覚、一般の人の感覚でものを考える必要があります。そして、人々が、どんな動機で、お寺の情報を知ろうとするのか、ということから考える必要があるのです。<br />
　<br />
　そして、ホームページをつくるのならば、まず「このホームページで、何を実現したいか」を考えてださい。そしてその実現したいことは、どういうホームページをつくればいいのかを考えてください。それがお寺の独りよがりになってはなりません。<br />
　<br />
　また重要なのは、ホームページは、それだけで成果をあげることができるわけではないということです。リアルの世界と連動させることができて、初めて成果があがることも忘れてはなりません。<br />
　　<br />
　</p>
]]></content:encoded>
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		</item>
		<item>
		<title>イベントでお寺は変わるか？</title>
		<link>http://www.jiin-design.co.jp/blog/?p=883</link>
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		<pubDate>Wed, 15 Apr 2020 00:37:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[永代供養墓]]></category>
		<category><![CDATA[イベント]]></category>

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		<description><![CDATA[
　
　イベントを行うお寺が増えています。
　
　十年くらい前は一部の特別なお寺だけが、何らかのイベントをしていましたが、今では、コンサートなどのイベントを行うお寺は、どんな地域に行っても、いくつかあるという状況になって [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-883"></span></p>
<p>　<br />
　イベントを行うお寺が増えています。<br />
　<br />
　十年くらい前は一部の特別なお寺だけが、何らかのイベントをしていましたが、今では、コンサートなどのイベントを行うお寺は、どんな地域に行っても、いくつかあるという状況になってきました。<br />
　<br />
　ある意味、画期的なことで、仏教界が大きく変わろうとしている兆しでもあります。<br />
　<br />
　ところが、こうしたイベントが一般的になるにつれ、弊社には意外な相談が来るようになっています。<br />
　<br />
　それは、イベントをやって、人もだいぶ集まって、地域との交流もできて、お寺のイメージアップもできて、イベントは成功したのですが、檀家はこうしたイベントには無関心だし、イベントに参加した人も檀家になるわけでもなく、他の仏教的な行事に参加するようになるわけでもなく、いっこうに次につながらない、というものです。こうした状況を、どうにか打開できないかという相談です。<br />
　<br />
　これらは、お寺で行うイベントというものを、端的に象徴する相談です。<br />
　<br />
　というのも、全国のお寺で行われているイベントのかなりの割合が、同じような状況にあるはずだからです。そしてその多くは、こうした問題にまだ気づいてもいないでしょう。<br />
　<br />
　イベントを行い、人がたくさん集まり、メディアにも取り上げられると、どうも成功した気になりがちです。しかし、いくらイベントに人が集まったとしても、それだけでは成功とは言えないのです。<br />
　<br />
　要は、「何のためにイベントを行っているのか？」ということです。<br />
　<br />
　この質問をすると、ほとんどのお坊さんは、こう答えます。「お寺を開かれた存在にするためですよ。これからの時代、そうしないとお寺の存在感が無くなってしまいますからね」と。<br />
　<br />
　こう答えた人に、私は、もうひとつ質問をさせていただきたい。「何のために開かれたお寺にするのですか？」と。<br />
　<br />
　言いたいのは、開かれたお寺にすることは、決してゴールではないということです。開かれたお寺にすることは、プロセスに過ぎません。大切なのは、お寺を開かれた存在にすることを通して、何をしたいのか、というヴィジョンです。<br />
　<br />
　無目的なイベントは必ず行き詰まります。行き詰まったことに気づいた人はいいでしょう。行き詰まっていることに気づきもせず、ただ無為にイベントを続けているお寺がなんと多いことか。<br />
　<br />
　イベントの対象は、いったい誰を想定しているのか？ それは檀家なのか、地域の人なのか、若者なのか、年配の人なのか。<br />
　<br />
　そして来てもらった人には、イベントを通してどうなって欲しいのか？ 檀家や信者になって欲しいのか、法事や葬儀を申し込んでくれる存在になって欲しいのか、法話会や坐禅会に参加して欲しいのか、悩みの相談に来て欲しいのか。<br />
　<br />
　そうしたヴィジョン無しにイベントをしていると、ただただ膨大な時間とお金と労力を使い続けるだけになってしまうのです。<br />
　<br />
　単に、イベントをするのが好きで、楽しければいい、というお寺もあるでしょう。それはそれで、いいと思います。ある意味、ヴィジョンとしては明確であるからです。<br />
　<br />
　しかし多くのお寺は、お寺の未来、お寺の活性化のためにイベントを行っているはずです。それならばもっと具体的に、何のために、誰に対して、どんなことを実現するために行うのかを明確にすべきなのです。<br />
　<br />
　</p>
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		</item>
		<item>
		<title>永代供養墓の醍醐味は建立した後に</title>
		<link>http://www.jiin-design.co.jp/blog/?p=879</link>
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		<pubDate>Mon, 13 Apr 2020 07:16:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[弔い委任]]></category>
		<category><![CDATA[永代供養墓]]></category>
		<category><![CDATA[葬式仏教]]></category>
		<category><![CDATA[コンサルティング]]></category>
		<category><![CDATA[募集]]></category>
		<category><![CDATA[販売]]></category>

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		<description><![CDATA[
　
　ここ数年、お寺からの永代供養墓に関するコンサルティングの依頼が多いことは、この連載で再三書いてきました。こうした仕事の中で、つくづく感じるのは、永代供養墓を建てることが目標で、その後のことを考えていないお寺があま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-879"></span></p>
<p>　<br />
　ここ数年、お寺からの永代供養墓に関するコンサルティングの依頼が多いことは、この連載で再三書いてきました。こうした仕事の中で、つくづく感じるのは、永代供養墓を建てることが目標で、その後のことを考えていないお寺があまりにも多いことです。<br />
　<br />
　永代供養墓の事業を計画するお寺の多くは、この事業を甘く考えていて、事業計画もほんとうにずさんなものが少なくありません。おそらく永代供養墓を建立したお寺の七割くらいは散々たる結果に終わっているのではないかと思います。<br />
　<br />
　そのせいもあり、弊社に依頼のあるコンサルは、事業計画時点からの相談より、建立したが募集がうまくいかないという相談が少なくありません。そうすると仕事の内容は、どうしても敗者復活戦のお手伝いという色合いが強くなります。<br />
　<br />
　だからこそ募集を軌道に乗せると、やはりこちらも嬉しいものです。仕事がうまくいったという喜びもありますが、それ以上に、人が集まり始めることでお寺が変わり始めることが少なくなく、そうした変化を見るのは、私としても格別の思いなのです。<br />
　<br />
　つい最近も、コンサルをしているお寺の住職と話をしていて、こんな話題が出て来ました。</p>
<p>「おかげさまで、募集も順調で、軌道にのってきました。ほんとうにホッとしています。それで感じることは、新しい人たちが来るようになって、それがとても刺激的だと言うことです。募集を始めてから、いろんな人が見学に来て、その中の何割かの人が申し込んでくれます。うちの寺は、これまで昔からの檀家さんとだけお付き合いをしてきました。そうした方々は、とてもお寺をよくしてくれて、ありがたいんだけど、同じことの繰り返しだし、守られた中での宗教活動です。ところが最近来る新しい人たちは、いろんな人がいて、こちらが予想もしなかったことも言ってくる。それが面白いし、何よりも、このお寺に興味を持って足を運んでくれた人たちです。そうした人たちとお付き合いするのは、とても勉強になるし、楽しい。何よりも、お寺がいきいきしてきた気がします。ほんとうに、永代供養墓を始めてよかったと思っています」<br />
　<br />
　こうした話を聞いて、嬉しくならない人はいないと思います。<br />
　<br />
　つくづく感じるのは、永代供養墓は建てることが目標ではなく、募集がうまくいってたくさんの人が申し込んでくれることが目標でも無いと言うことです。たくさんの人が申し込んでくれたというのは実はスタート地点で、そこから新しいお寺づくりが始まるのです。<br />
　<br />
　これまで永代供養墓の募集がうまくいった後、お寺が変わり始め、宗教活動が活性化していったケースをいくつも見て来ました。そして必ずと言っていいほど、そこの住職も変わり始めます。本人は気付いていないかもしれませんが、そうした住職はとてもいい顔をしているのです。<br />
　<br />
　お寺にとって永代供養墓は、建立した後にこそ醍醐味のあるプロジェクトなのです。<br />
　<br />
　</p>
]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>認知症カフェをお寺で</title>
		<link>http://www.jiin-design.co.jp/blog/?p=877</link>
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		<pubDate>Mon, 13 Apr 2020 07:14:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[葬式仏教]]></category>
		<category><![CDATA[カフェ]]></category>
		<category><![CDATA[認知症]]></category>

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		<description><![CDATA[
　認知症カフェをご存じだろうか。
　
　認知症カフェとは、コミュニティカフェの一種で、認知症の人やその家族、認知症をケアする専門家、地域の人たちが、集まり、悩みを共有し、情報交換をするための会のことです。公共のコミュニ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-877"></span></p>
<p>　認知症カフェをご存じだろうか。<br />
　<br />
　認知症カフェとは、コミュニティカフェの一種で、認知症の人やその家族、認知症をケアする専門家、地域の人たちが、集まり、悩みを共有し、情報交換をするための会のことです。公共のコミュニティセンターや主催者の自宅などを会場に、ひと月から二月に一回、開催するというものが多いようです。<br />
　<br />
　具体的には、前述の様々な人たちが、お茶を飲みながら、それぞれの体験談を話したり、悩みを相談したりし、時には専門家によるお話しやレクレーションなどを行うこともあります。参加者は、必ず発言をしなければいけないというわけではなく、ただ他の人の話を聞くだけでもかまいません。<br />
　<br />
　近年、なぜ、この認知症カフェというものが注目されているのでしょうか。<br />
　<br />
　それは、何よりも、認知症になった人やその家族が、社会的に孤立しやすいということが理由であります。<br />
　<br />
　自分が認知症であること、家族が認知症であることは、まだまだオープンに話すような社会的雰囲気ではありません。そのため、本人や家族が、認知症に関する悩みを、誰にも打ち明けることができず、抱え込んでしまっていることが多いのです。<br />
　<br />
　もちろん、医療や介護の専門家に相談はできますが、それはあくまでも専門的なことに関してで、認知症と向き合うにあたっての気持ちの問題などは相談にはのってくれません。<br />
　<br />
　そうした中、この認知症カフェは、同じ悩みを抱えるもの同士が気軽な気持ちで集まり、そこに専門家や地域の方が加わることで、思いを共有しつつ、悩み解消の糸口をみつける場として、大きな可能性を持っているのです。<br />
　<br />
　そして、この認知症カフェだが、私は、これからの時代、お寺で行ったらいいんじゃないかと考えています。<br />
　<br />
　仏教は生老病死に対する悩みから生まれた宗教です。しかし現代の仏教は、「死」に対しては、それなりの活動をしていますが、「老」「病」に関しては、ほとんど何もできていません。<br />
　<br />
　しかも現代では「老」「病」に関する問題は極めて専門性が高くなっており、お寺がそこに関わるということは簡単ではなくなっています。しかしまず仏教者が関わるべきは、専門的なことではなく、「老」「病」に向き合う人たちの心に、どう安心をもたらすかです。<br />
　<br />
　その意味で、認知症カフェはお寺に相応しいプロジェクトなのです。<br />
　認知症カフェを始めるにあたっては、必ずしも医療や介護の専門的知識が必要なわけではありません。悩んでいる人に寄り添う気持ちがあれさえすればいいのです。後は、地域にいる認知症の人たちやその家族、介護に携わる専門家などに、声をかけ、一緒にこのカフェを盛り上げていってもらえばいいのです。<br />
　<br />
　老病死の支援と地域コミュニティの再構築は、お寺にとって永遠のテーマです。その意味では、今後お寺が、こうした認知症カフェの拠点となっていくことを願わずにはいられません。<br />
　<br />
　</p>
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		<title>弔い委任が開く地平</title>
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		<pubDate>Sat, 11 Apr 2020 05:30:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[弔い委任]]></category>
		<category><![CDATA[死後事務委任]]></category>

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　お寺が行うエンディングサポートについて何回か書いていますが、中でも特にお寺に求められているものに、弔い委任というものがあります。
　
　弔い委任とは、死後事務委任契約という言い方もされますが、具体的には、子どものいな [...]]]></description>
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<p>　お寺が行うエンディングサポートについて何回か書いていますが、中でも特にお寺に求められているものに、弔い委任というものがあります。<br />
　<br />
　弔い委任とは、死後事務委任契約という言い方もされますが、具体的には、子どものいない人などが、自分の死後に行われるはずの、葬儀や納骨、あるいは役場や金融機関、その他の様々な事務手続きを、家族でない第三者（この場合はお寺）に委任する契約のことです。<br />
　<br />
　例えば永代供養墓に申し込んだ人は、自分の葬儀や納骨をしてくれる家族、つまり喪主になってくれる人がいない場合が多く、その場合、どうしてもこの弔い委任が必要不可欠となります。永代供養墓の申込者だけでなく、檀家で子どものいない人などの場合も、お寺が弔い委任契約を結んでくれると安心なのですが、これまでこの取り組みに積極的なお寺はあまり多くはありませんでした。<br />
　<br />
　ところが近年、弔い委任に取り組むお寺も少しずつですが生まれています。そしてこうしたお寺を見ると、このテーマに取り組むことで、活動全体が質的に大きな変化をしていることを感じます。<br />
　<br />
　お寺と弔い委任を結びたいという人は、いつか来る自分の死を意識している人です。当然、死だけでなく、介護などの問題も意識しています。当然、自分の葬儀をしてくれる人がいないわけですから、介護なども面倒を見てくれる人がいないということになります。<br />
　<br />
　だから、弔い委任に取り組むということは、その人の死の前に起きること全てに関わらざるを得ないということになります。つまり、必然的に、老病死の問題に取り組むことになるのです。<br />
　<br />
　この稿を読んでいる読者の中には、こうした仕事は、宗教活動ではないので、僧侶のやるべき仕事じゃない、と考える人もいると思います。<br />
　たしかにそれは一理あります。僧侶のすべきことは心のケアであり、魂のケアであります。<br />
　<br />
　しかし現実には、心や魂のケアだけをやろうと考えても、そうした場に僧侶が呼ばれることはほとんどありません。現代社会において僧侶は、老病死の現場から無視されています。死について関わるのも、死を迎えてからであり、死に臨んでいる場面では、僧侶の存在を思い出すことすらないのが現実です。<br />
　<br />
　ところが弔い委任に取り組むお寺は、ごく自然に老病死の問題に関わることになります。<br />
　<br />
　仏教界では近年、カウンセリング、グリーフケアといった言葉が一般的になり、研修を受ける人も増えてきました。しかし現実には、それを活かすことのできる場は驚くほど少ないというのが現実です。<br />
　<br />
　だからこそ、僧侶が人々といっしょに悩む場が必要なのです。<br />
　<br />
　弔い委任に取り組んでいるお寺が、質的に変化をしているというのは、ここに理由があります。お寺が弔い委任という仕組みを取り入れることによって、本当の意味での心のより所、魂のより所になれるのではないかと思うのです。</p>
<p>　<br />
　</p>
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		<title>既存檀家対象の永代供養墓が増えている</title>
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		<pubDate>Sat, 11 Apr 2020 05:26:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[弔い委任]]></category>
		<category><![CDATA[永代供養墓]]></category>
		<category><![CDATA[布教]]></category>

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　弊社に依頼のあるコンサルティングに関しては、あいからず永代供養墓に関するものが少なくありません。ただ、相談内容ですが、ここ一〜二年、だいぶ傾向が変わってきています。
　
　これまで多かったのは、新しい縁を得たい、つま [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-855"></span></p>
<p>　弊社に依頼のあるコンサルティングに関しては、あいからず永代供養墓に関するものが少なくありません。ただ、相談内容ですが、ここ一〜二年、だいぶ傾向が変わってきています。<br />
　<br />
　これまで多かったのは、新しい縁を得たい、つまり檀家ないしは会員を増やしていきたいというコンセプトのお寺です。永代供養墓を建立して、菩提寺を持たない人を対象に募集をするというものです。布教型の永代供養墓と言うことができるでしょう。<br />
　<br />
　ところが、最近相談が増えたのは、現在の檀家を対象とするコンセプトの永代供養墓に関する相談です。<br />
　<br />
　檀家であっても、子どものいない家、娘しかいない家、あるいは子どもはいるが結婚しないまま歳をとってしまっている家など、将来、お墓の承継に問題を抱えているケースは少なくありません。今後百年で日本の人口は現在の三分の一になると言われている中、ほとんどの家に遠からずお墓の承継の問題が起こってくるでしょう。<br />
　<br />
　さらに地方のお寺の場合、子どもはいるけれど、その子ども達が首都圏に住んでいるという檀家が多いという現実があります。そうすると、施主が亡くなると、遠方の墓を維持していくことが難しいというケースが増えてきます。<br />
　<br />
　これに追い打ちをかけたのが、マスコミによるここ一〜二年の「墓じまい」報道です。潜在的に矛盾をかかえていた人たちが、この報道で一気に表面化し、檀家からのお墓継承に関する相談が増えているのです。<br />
　<br />
　もちろん、こうした報道に腹をたてている僧侶も多いでしょう。しかし、現実に相談を受けたお寺は、困っている檀家、不安になっている檀家に対して、なんとか応じていかなくてはなりません。<br />
　<br />
　そして、こうした状況にある檀家のほとんどは、墓じまいをして、そこにあった遺骨を永代供養墓に移すということを望むのです。<br />
　<br />
　ところがこの場合、お寺に永代供養墓が無いと、檀家は墓じまいをしたあげく、他のお寺の永代供養墓に移るという選択肢を選ぶことになってしまいます。お寺としては、長年、つきあってきた檀家が、永代供養墓が無かったばっかりに、他の寺に移ってしまうということになってしまうのです。<br />
　<br />
　そこで「うちの寺にも、永代供養墓が無いとまずいな」ということになり、建立を考え始めるのです。<br />
　<br />
　中でも地方のお寺は、真剣です。遺骨を持って都会の寺に移ってしまうくらいなら、自坊の永代供養墓に改葬して、少しでも縁を持ち続けてもらいたいということになります。<br />
　<br />
　布教型、拡大型の永代供養墓はすべてのお寺に必要なわけではありません。しかし既存檀家を対象にした永代供養墓は、今後、全てのお寺で運営する時代が来るのかもしれないと思っています。<br />
　<br />
　</p>
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		<title>お寺がエンディング支援をするということ</title>
		<link>http://www.jiin-design.co.jp/blog/?p=851</link>
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		<pubDate>Sat, 11 Apr 2020 05:24:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[弔い委任]]></category>
		<category><![CDATA[死後事務委任]]></category>
		<category><![CDATA[エンディングサポート]]></category>
		<category><![CDATA[成年後見]]></category>
		<category><![CDATA[永代供養墓]]></category>

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　あるお寺のために、エンディングサポートに関わるプロジェクトの立ち上げをコンサルティングしていましたが、実際に活動が始まり、檀家さんや地域の方々のサポートができるようになるのに、約一年半がかかりました。
　
　このプロ [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-851"></span></p>
<p>　あるお寺のために、エンディングサポートに関わるプロジェクトの立ち上げをコンサルティングしていましたが、実際に活動が始まり、檀家さんや地域の方々のサポートができるようになるのに、約一年半がかかりました。<br />
　<br />
　このプロジェクトは、生前契約（死後事務委任契約）を始めとして、生活支援、成年後見、身元保証、葬送支援・納骨支援を行うというものです。<br />
　<br />
　プロジェクトを始めることになったのは、２年ほど前、檀家で認知症に近い状態になっていた女性が、身の回りの世話をしていた人（全くの他人、後見人でもない）に、多額の財産を勝手に使われてしまっていたという事件がきっかけです。<br />
女性の死後、初めて、この状況がわかったのですが、こうした事件を見て住職は、「お寺が、親代わりになって、面倒を見てあげることはできないか」と考え始めたのです。<br />
　<br />
　特に永代供養墓には、子どもがいない人が多く申し込んでいるわけですが、そうした人が困っているのは、納骨の問題だけではありません。<br />
葬儀をしてくれる人もいないであろうし、高齢になって一人で生活できなくなった時に生活支援してくれる人もいない可能性があるのです。<br />
　<br />
　「今後、増えてくると思われるこのような人たちを、継続して支援していくための仕組み作りをしたい」と、住職から相談があったのです。<br />
　<br />
　私も以前から、こうした支援はお寺がやるべきことだという思いがあり、二つ返事でこのプロジェクトのサポートをすることになりました。<br />
　<br />
　まずは仕組みづくりです。これは大きく二つの仕事がありました。<br />
　<br />
　地域の専門家とのネットワークをつくることです。<br />
地域の司法書士、地域包括支援センター、ケアマネージャ−、葬儀社などに協力を要請するとともに、具体的な協力体制を整えていただいた。<br />
　<br />
　そしてもうひとつ、このプロジェクトでは、お金を預かったりする可能性があるので、信頼性を担保するために、宗教法人とは別の法人（今回は一般社団法人）を設立して、そこを受け皿とするということです。<br />
　<br />
　また、このプロジェクトは、かなり長期にわたり、赤字を出す可能性が高く、お寺からの補助金で運営せざるを得ないことが予想されました。そのためお寺の総代会の同意も必要でした。総代に対して何度も説明会を開き、説得をするということも重要な仕事でした。<br />
　<br />
　そして一昨年春に法人設立に至り、その夏くらいから、檀家や地域の方々からの相談を受け始めるようになったのです。<br />
　<br />
　現在では、生前契約（死後事務委任契約）を行ったのが二人、うち一人は、施設を探す手伝いをして、入所するための身元引受人も引き受けました。またもう一人は、民生委員と連携をとりながら、生活の見守りを行っています。<br />
　<br />
　今後、こうした支援が必要な人が増えていくのは間違いありません。<br />
　<br />
　ただし、こうした事業は収入と支出のバランスが悪く、運営上の問題は少なくありません。独立したＮＰＯ法人が行っている場合など、寄付に頼らざるを得なく、どうしても継続性に問題を抱えてしまいます。だからこそお寺が関わって、この支援を行うことに意味があるのです。何よりも、これは人の老病死に関わる支援です。まさに仏教が関わるに相応しい仕事だと思います。</p>
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