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	<title>10年後のお寺をデザインするブログ 株式会社 寺院デザイン &#187; お寺進化論</title>
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		<title>コロナ禍の今こそ、檀家に電話をかけてみる</title>
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		<pubDate>Tue, 12 May 2020 10:05:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[コロナ禍]]></category>
		<category><![CDATA[檀家]]></category>

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		<description><![CDATA[
　
寺院活動を直撃するコロナ禍
　
新型コロナウイルスの感染が広がっていることで、仏教界でも様々な影響が出ています。
例えば、年忌法要などは激減しており、ウイルス感染者の多い東京などでは、確実に９割は減っているようです [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-955"></span><br />
　<br />
<strong>寺院活動を直撃するコロナ禍</strong><br />
　<br />
新型コロナウイルスの感染が広がっていることで、仏教界でも様々な影響が出ています。<br />
例えば、年忌法要などは激減しており、ウイルス感染者の多い東京などでは、確実に９割は減っているようです。また、これからお盆や施餓鬼の季節がやってきますが、その行事そのものも、取りやめか、参列者無しを検討しているのが現実です。<br />
　<br />
<strong>仏教界でもテレワークが話題</strong><br />
　<br />
そんな中、仏教界でも、テレワークの議論が盛んになってきました。特に、スカイプやＺＯＯＭなどの仕組みを使い、オンラインで檀信徒と会話やコミュニケーションをしようというものです。そして仏教å界特有の議論として、対話や打ち合わせに利用しようというだけでなく、法要の中継を行ったり、セミナーや坐禅会をインターネットを通じて行おうというものも出ています。<br />
　<br />
<strong>不安が広がる中の賛否両論</strong><br />
　<br />
もちろんそれに対しては賛否両論で、「そんなことが受け入れられるわけが無い」「やっても意味ないでしょ」「儀式の価値を下げてしまう」という意見もあれば、「会うのは控えなければならないのだから、やらないわけにはいかない」「むしろこれからは、こうした新しいテクノロジーを取り入れるべきだ」「今、これをやらないお寺は、取り残されるだけ」というような意見が見られます。<br />
個人的には、そんなに受け入れられるとは思えませんが、チャレンジすること自体は悪くないとは思います。<br />
ただ僧侶の方々の中には、この「これからは、web利用があたりまえ」という論調に違和感を感じる人も少なくないんじゃないかと思います。<br />
それは当然で、宗教は人と会うという対面を大切にしてきたわけだし、リアルでないと伝えられないものがあります。<br />
そもそも私は、お寺の活動に、こうした新しい方法を取り入れようが、取り入れまいが、そう大きな違いはないと考えています。<br />
もちろん、人と会うということを控えざるを得ず、その結果、年忌法要が激減し、月参りや棚経も難しいという現実を前に、このまま何もしないでいると、「このままでいいのか？」という不安になってしまうのは当然です。その不安が、「何かしなくちゃ」という思いを生み、その答えをインターネットに求めてしまうのかもしれません。<br />
　<br />
<strong>Webでの対話を受け入れるのは一部の人だけ</strong><br />
　<br />
私は、こうした状況だからこそ、昔ながらの方法が生きると思っています。なぜなら、そのほうが、人々に受け入れられやすいからです。<br />
そのひとつが「電話」です。住職が檀家に、片っ端から電話をかけてみたらどうかと思うのです。「だいじょうぶですか？ コロナの影響ありますか？ 不安なことはありませんか？」と。<br />
インターネットでの対話や中継は、相手がある程度、関係性ができていないと難しいものです。ということは、お寺として話のしやすい人だけコミュニケーションをするという結果になってしまいます。<br />
結局、仲のいい内輪の人だけで、小さくまとまってしまう可能性が高いでしょう。<br />
　<br />
<strong>電話は誰とでも対話できる</strong><br />
　<br />
一方、電話は、ちょっとだけ勇気をだせば、どんな家に対しても、「だいじょうぶですか？」とかけることができます。お寺から心配されて、いやな人はいません。心配してもらって、喜ぶ人が多いはずです。むしろ、普段つきあいの薄い人にこそ電話をかけたほうがいいと思います。<br />
そして、こんな時期だからこそ、いろんな悩みがあるはずです。お墓や仏事の心配もあれば、生活の不安、心のモヤモヤやイライラ、仕事の悩みなどもあるかもしれません。そうした悩みを聞いてあげるチャンスでもあります。またそれは、檀信徒がどんなことを考えているかを探る市場調査でもあるのです。<br />
　<br />
<strong>電話をかけるのに、ちょうどいい理由がある</strong><br />
　<br />
なにしろ、みなが不安になっている時期であって、電話をかける理由があります。何も理由が無いのに電話をかけるわけにはいきませんが、今なら、突然、電話がかかってきても、変に思われることはありません。<br />
こうした時期だからこそ、電話をかけやすいのです。「どうですか、コロナでいろいろ不安じゃないですか」と。むしろ、こんな時じゃないと、理由も無しに、電話をかけることなんかできません。<br />
中には電話が長くなる人もいると思います。でも、今なら、こちらも時間に余裕があるはずです。<br />
　<br />
<strong>電話の「ささやき効果」</strong><br />
　<br />
余談ですが、昨年、ＮＨＫの「ためしてガッテン」という番組を見ていたら、受話器を耳につけて相手の声を聞く電話には、「ささやき効果」と言って、言葉の説得力が増すということが報告されていました。電話で詐欺にひっかかる人が多いのは、普通なら信用しない内容が、この「ささやき効果」で説得力が増したからという説もあるそうです。<br />
この「ささやき効果」、悪いことに使ってはいけませんが、檀信徒との関係を深めるのに使うのは、とてもいいことだと思います。<br />
　<br />
<strong>檀家と関係を深めるチャンスでもある</strong><br />
　<br />
皆が不安になっている今は、むしろ、檀家の人たちと関係性を深めるチャンスであると思います。もう、こんな機会は、二度とこないかもしれません。<br />
こちらから電話をかけて世間話をするのは、どうも苦手だという人も多いでしょう。ただ、この機会に、重い腰を上げてみたらと思います。<br />
電話をかけてよかった、と思うことを、保証します。<br />
　<br />
　</p>
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		<title>墓じまいと家族葬</title>
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		<pubDate>Sun, 19 Apr 2020 02:24:03 +0000</pubDate>
		<dc:creator>usui</dc:creator>
				<category><![CDATA[お寺進化論]]></category>
		<category><![CDATA[墓じまい]]></category>
		<category><![CDATA[家族葬]]></category>

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		<description><![CDATA[
　「墓じまい」という言葉が、ここ数年、メディアを賑わせています。そしてこれは仏教界にとって、実に面白くない話題です。
 　
　この「墓じまい」を巡るメディアと業界の動きを見ていると、「家族葬」という言葉が広がり始めた頃 [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><span id="more-909"></span><br />
　「墓じまい」という言葉が、ここ数年、メディアを賑わせています。そしてこれは仏教界にとって、実に面白くない話題です。<br />
 　<br />
　この「墓じまい」を巡るメディアと業界の動きを見ていると、「家族葬」という言葉が広がり始めた頃を思い出します。<br />
 　<br />
　十五年ほど前でしょうか。家族葬という言葉も、マスコミ主導で社会に広がり始めました。<br />
 　<br />
　当初、葬儀業界も「供養の心をないがしろにしている」「家族葬は、故人の友人知人を大切にしていない」など、様々な理由で反発しました。<br />
 　<br />
　しかし現在、家族葬を批判する葬儀社はほとんどありません。むしろ、積極的に営業に取り入れている葬儀社のほうが多いのが現実です。<br />
 　<br />
　確かに、「家族葬」は、マスコミ主導で広まった言葉です。しかし何年かたって落ち着いてみると、社会がそれを望んでいたということがわかってきます。<br />
　<br />
　戦後すぐくらいまでは、葬儀というものは地域が仕切っていたため、個々の家が要望というものを挟む余地はありませんでした。しかし現在では、仕切る地域コミュニティは存在せず、個々の家がそれぞれの事情にあわせて葬儀の内容を決めていくことになります。そして、供養というものが、地域コミュニティや家族制度から離れて、個人の心の問題になっていきます。<br />
　<br />
　同時に、経済状況が悪くなってくる中で、葬儀に大きなお金をかけることが難しい人が増えてきます。<br />
　<br />
　「家族葬」というのは、こうした社会構造の変化から生まれたものです。「家族葬」が増えたからと言って、決して供養の心が衰えたわけではありません。供養のあり方が個人化したということです。<br />
　<br />
　しかも個人化したのは供養のあり方だけではありません。社会の様々なあり方が個人化した結果、供養も個人化せざるのを得なかったということです。<br />
　<br />
　社会のあり方を考えると、家族葬が増えるのは必然なのです。<br />
（ただし、家族葬と言っても、多くの人が批判する「家族だけの葬儀」というものは少なく、家族プラス親しい人という葬儀がほとんどですが）<br />
　<br />
　葬儀業界は、十年もたたずにこれに気づき、家族葬、直葬を受け入れるようになりました。というより、家族葬・直葬を商品のラインナップにもっていない葬儀社は、顧客のニーズに対応していけない葬儀社として、淘汰されてきたのです。<br />
　<br />
　もし、家族葬を求めてきた施主に、「家族葬はよくないですよ」と言ったら、「じゃあ、他の葬儀社にお願いします」と言われるのがおちです。<br />
　<br />
　では仏教界は、どうなのかということですが、残念なことに、十五年前と何も変化はありません。いまだに「家族葬はけしからん」と言い続けています。ただ変わったのは、十五年前は「マスコミが悪い」と言っていたのが、最近は「葬儀社が悪い」と言うようになったことです。<br />
　<br />
　少し考えてみれば誰でもわかることですが、家族葬を積極的にやりたい葬儀社などいるわけがありません。すべての葬儀社は、家族葬をやるより一般葬をやりたいのです。家族葬の件数が増えれば増えるほど、利益は少なくなっていくのですから。<br />
　<br />
　そして「墓じまい」です。<br />
　<br />
　なぜ「墓じまい」をしようとする人は、「墓じまい」の選択をするのでしょうか？<br />
　<br />
　子どもがいなくて、自分が死んだら、お墓が無縁墓になってしまうのが不安だから、という人もいるでしょう。引っ越してしまい、お墓が遠方なので、お墓参りに行くのが不便でだから、という人もいるでしょう。<br />
　<br />
　その多くは、お墓を粗末にしたくないから、という思いが根底にあるわけです。どうしていいかわからなかったから、今までは我慢していたけれど、「墓じまい」という方法を知って、「じゃあ、それをやろう」と思っただけです。こうした方々がどうすればいいかという回答を、これまで石材業界や仏教界が示すことをできませんでした。結局、そうした方々の選択肢は、「墓じまい」しかないのです。<br />
　<br />
　おそらく「墓じまい」も、「家族葬」と同じ道筋をたどるのは間違いありません。社会の中には、「墓じまい」をせざるを得ない人が潜在的にたくさんいるということは、檀家さんときちんと向き合っていれば、自ずと見えてくるはずです。しかも、「墓じまい」は、家族葬の場合より深刻です。「墓じまい」を考える人の多くは、「墓じまい」以外に、自分の抱えている問題の解決策の無い人なのです。<br />
　<br />
　そして、これから「墓じまい」とどう向き合っていくかは、全てのお寺にとって真剣に考えなければならない問題なのです。<br />
　<br />
　</p>
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